2012年11月12日

ラヂオ

中学から高校にかけてラヂオを聞くことが趣味であったのだが、初めて聞いたのが北京放送であった。 最初のころは毛主席、林彪副主席がなかよく独裁し、自力更生などといってソビエトを追い出したりしていたが、そのうち林彪一味が修正主義裏切り者集団となって毛沢東暗殺に失敗して蒙古で撃墜され、4人組がプロレタリア文化大革命の総仕上げとしてインテリ皆殺しを実況中継していた。ラヂオが政治力を持っていた時代である。さすがに日本人には嘘っぱちは通用しなかったが、北京放送から送られてきた毛沢東語録は実家のどこかに転がっているはずだ・・・

学生になってしばらくするとBCLラジオが大量に発売され一大ブームとなったが、現在は海外放送が聞ける日本製ラジオはSONYから販売されているだけ、しかも東北の子会社が制作したメイドインジャパンで同じ性能の中華ラジオの数倍の値段がする。 情報を得たり楽しむためにはインターネットが100倍有益であるので当然の帰結であろう。

ala.jpgさて、ラヂオだが…100%懐古趣味じゃな。 ブリキのおもちゃのコレクションと同系列のもので、通信機さえあれば電気代しかかからないのが優れもの。 
アンテナがぱんぴーには奇抜であるので、怪しげに思われるのがたまにぎずじゃな。

てなわけで、ラジオのシリーズに化してしまった、このWEBLOGは。
posted by ぐ at 20:16| Comment(2) | ふつーのラヂオ
この記事へのコメント
ぐさん、
 ラヂオ屋の番頭のお話たのしみに讀ませていただきます。
 私は小学生の時に、北京放送だつたか平壌放送だつたか忘れましたが、受信報告を送つたのですが、おそらくその情報が日本の共産党員に配布されたらしく、中学に入るとすぐに数学の先生から「きみ中国とか共産党に興味あるの」ときかれ、「もしなんなら云々」といふ話までされました。
Posted by アラビアのオレンス at 2012年11月13日 01:23
家には日中友好協会が来ましたが…毛沢東も立派だがヌルハチのほうがもっと尊敬できると言ったら来なくなりました。
Posted by ぐ at 2012年11月13日 08:38
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